MADなデザイン Final

昨日がMADでの勤務の最終日で、今日が北京での最後の一日だった。この6ヶ月の間で本当に多くのことを学ぶことができた。コンドル賞の奨学金の行き先をMADにして良かったと強く感じている。この記事と次の記事でこのブログはめでたく終了となるのだが、今回はまずMADのデザインについて、取り留めの無い内容ではあるが、書き留めておくことにしよう。

MADは現在カナダでほぼ完成したAbsolute Towersにより有名になったオフィスだ。上に載せたオルドス美術館はMADにとって初めて完成した大規模な建築である。この他にも多くの大規模な建物をMADは設計していて、いくつかは既に建設中である。

自分、そして事務所の多くの人が心配しているのは、Absolute Towersが今後もずっと、MAD唯一の名作になってしまわないかということだ。平たく言えば1stアルバムが大ヒットした歌手が2ndアルバム以降ぱっとしなくなってしまうのを恐れることのようなものである。有名になって大規模な建物を大量にデザインしなければならない状況では、デザインのレベルが低下することを避けることは難しい。

またもう一つ恐れているのは川島がMADで担当した住宅のように、本当にその建築が人々に使われるかということである。いくらデザインのクオリティを上げたとしても、使われない建築はただの廃墟になっていくだけである。

しかし上の2つの点については最近とても楽観的になってきた。Maさんがやろうとしていること、曲線を使った建築で、中国古来の美術に見られる自然と人間の関係を再構築しようとしていることは、世界の他の誰もやっていない。その道に突き進む意志は誰よりも強いし、中国人であるMaさんがやる必然性もある。MADがその強い意志を保ち続ける限り、Absolute Towersを超える名作が生まれる可能性は十分にある。

また、建物の使われ方がたとえ理想的でなくても、建築家は受け入れるべきだと考えるようになった。安藤忠雄の名作の1つである水の教会でさえ、地方によくある商業的な結婚式場専用の教会だ。それでもなお凛とした空間を保ち続けているからこそ名作だと言えるのだ。多くの人を強く引きつける空間を作ることは建築家の義務のうちの1つである。空間が強ければ強いほど、パンテオンやコロッセオのように残り続ける建築となる。クライアントに文句ばっか言っていては始まらないのだ。

これから自分がMADにどう関わっていくのかはわからないが、今後共常にMADの活動に対してアンテナを張って見守っていくことにしよう。曲線を多用した新世代の建築に否定的な内藤廣でさえ認めるような建築を、MADがデザインする日が来ることを信じている。